特集コラム

Colomn 3 匿名西荻窪

2009/12/25

京都の味を西荻で −ハッとして八ッ橋−

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乾いた八ッ橋が好きだけど、これはコンビニやスーパーでいつでも手に入るようなものではありません、意外と。どこにでもありそうなんだけど、いざ探してみるとなかなか見つからない。

デパートの地下にでも行けばすぐに見つかるのかもしれないけど、西荻にデパートはないし、ふと思いついたときにすぐ食べたいからといって買い置きすると、買い置きのつもりがその日のうちにひと袋でもふた袋でもぽりぽりと食べてしまいます。とめられない、クセになる味です。

だから、近所で売っているといいな、と思っていたのですが、あるとき西荻駅前の食料品店で売っているのを見つけました。そして、ほとんど中毒のようになりました。

あの瓦のようなお菓子が、確か5枚ひと組で小さな袋に入り、その小袋が16ほど入ったものがひと袋300円ほど。発見してしまってからは、毎日毎日ぽりぽりぽりぽり食べ続けました。
あまりにそればかり買うものだから、ある日お店のおばさんがひと言。
「お兄さん、それ一人で全部食べてるの?」
そうですよ、と答えると、さらに質問。
「毎日、大きいのをひと袋も?」
これまたそうです、と答えるとどうにもあきれたような顔をしていました。

それでも食べたいときは食べたいもので、めげずに毎日通い続けるうちにお店の仕入れが間に合わなくなり、ほとんど僕のせいで八ッ橋が品切れに。

入荷についておばさんに尋ねてみたところ、申し訳なさそうに言いました。
「京都に注文するからねぇ…入るまで一週間くらいかかるかもね…」
「え、そんなに…。たえられない、かもしれません…」

そんなわがままを言ってみたものの、我慢をすればもちろん我慢はできるもので、仕事や、その他のなんやかやに追われているうちに一週間。
そして、一週間我慢すると、ちょっと我に返ったようになって
「なんであんなに夢中で食べていたんだろう…」
などと思いつつ、気持ちは少々クールダウンしてきました。

さらに、クールダウンついでに八ッ橋を買わないまま、さらに一週間と数日。
ある日、思い出したようにおばさんの店に行ってみてハッとしました。
ハッとして八ッ橋。

そこには当初の1.5倍から2倍ほどの量の八ッ橋がうず高く積まれていたのです。
考えてみれば毎日買いに来るお客がいて、ある日品切れにがっかりされたら、「よし、ひとつたくさん仕入れてあげよう」と思うのが人間というものです。

まさか、おばさんに「気持ちが冷めちゃってね…。」とは言えず、しかし、また前のように毎日買いに来る気持ちにもなれない、と思った僕は、小さなウソをつきました。

「おばさんも驚いていましたけど、毎日ひと袋は食べ過ぎですよね。よくないと思ったので少し我慢することにしました」
「そうよ、そうよ。食べ過ぎはねぇ…」
そう言ってくれたおばさんのお店にはそれからしばらくの間、比叡山のようにこんもりと八ッ橋が積まれ続け、僕はうしろめたい気持ちから、時間をかけてその山を少しづつ切り崩していったのでした。

なにごとも、ほどほどにしないと他者にまで迷惑をかけることを知った、31歳の秋でした。

文・取材 / 本田まさゆき
2009/12/25

西荻流、シェフの聞き間違い煮込み

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近年、西荻にはどんどん新しいお店がオープンしています。
中華、フレンチ、居酒屋さんに、おしゃれなBAR。小物屋さん、洋服屋さんに着物屋さん。
そんな新しいお店の多くはとても若い人が店主だったりします。

西荻の新しいお店は、見た目が今風でもどこかにピリッと個性があって、何にも似ていない西荻らしさがあります。みんな無難にお店を経営するよりも、一歩前に踏み出して自分の考える最良のサービスを追い求めている、という雰囲気。

たとえば、ある焼き鳥屋さん。焼き鳥はもちろんおいしいのですが、新鮮なマグロの仕入れにとてもこだわって、マグロの料理も出しています。

たとえば、なにげなく覗いた洋服屋さんはすべての洋服が手作りのものだったり。

そんな、オープンしたばかりのお店には良い所がたくさんありますが、いかんせん、不慣れだったり、気になる部分があることも否めません。

僕が頻繁に通うある飲み屋さんは料理がおいしく、元気もよく、値段が安くてとても気に入っています。
店主は30代前半で僕と同じくらい。
ホールには男の子が何人かいて、みんな店主よりずっと若いです。
そのお店に通うようになってすぐに気になったのは、注文をすぐに忘れることと、注文とは違ったものが出てくること。

食べたかったものを待ちに待ったのに、忘れられていたときにはやっぱりがっかりしてしまいますし、注文とは別のものが出てくると「これでいいですよ」と言いつつも「またかぁ」という気持ちは拭えません。

でも、しかし、きちんとおいしいものを出すお店というのは注文外のものが出てきても、それもやっぱりおいしいです。
たまたま間違えられたことで、自分の意思ではなかなか注文しない料理の味を知るということも、それはそれで楽しいものです。

どこの街のレストランでも「シェフの気まぐれサラダ」というようなメニューを見かけることはありますが、西荻のこのお店はさしずめ「シェフの聞き間違い煮込み」「ウェイターのど忘れ焼き、忘却ソース和え」などが人気メニューといったところでしょうか。

そんなふうに間違いやど忘れの多いこの店ではときに小さなうれしいハプニングが起こることもあります。
ある料理を注文したときに
「わざび醤油とポン酢、どちらにしますか?」
と聞かれました。
すぐに僕はわさび醤油を選びました。
しかし、店員さんが調理場に戻ったあとで、一緒にいた友人に「ポン酢がよかった」などとつぶやかれ、「そうかひとりで勝手に決めてしまった」などと反省しました。
でもしばらくすると、さきほどの店員さんがやってきて「お待ちどうさま!マグロのほほ肉のあぶり、ポン酢でどうぞ!」と大きな声で言いました。
僕たちが「あ!」と声をあげるとその若い店員さんは自分がまた間違えてしまったことにすぐ気がつき、「すみません、間違えましたよね?」とひと言。

この日の間違いはとても素敵で、僕たちは思わず
「いいんです、いいんです、僕たちよりも正しいです」
なんてことを言って笑い合いました。

西荻に何十年も前からあるようなシブ味の効いたお店だって、かつてはきっと不慣れで手探りだったはず。
新しいお店も、こんなふうに足を運ぶうちに、間違いやど忘れもなくなって、しっくり、きっちりとしたお店になんていくのかな、などと思いながら間違いとど忘れを楽しんでいます。

(了)

文・取材 / 本田まさゆき
2009/12/25

西荻に天使が舞い降りた日

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あなたは、天使に救われたことがありますか?
僕は、あります。31年の人生で一度だけ。
場所は、西荻窪の某コンビニエンスストアでした。

西荻は昔ながらの人情が残っている街で、どんなお店でも何度か通っているうちにいつの間にか名前を覚えられ、そのうちに道で会うと言葉を交わしたりするようになります。
地方出身者の僕は上京前に「東京は無情な場所」などと聞いていたため、当初は身構えたものですが、あら不思議。「東京」と書いて「にんじょう」と読むのではないかというくらい、あたたかい場所でした。
でも、それは僕が西荻窪に住んでいるから、というのが大きいのかもしれません。

この街では個人経営のお店に限らず、大手のコンビニまでとても親しみやすかったりします。僕が毎日通っているコンビニの店長は、いつの間にか名前を覚え、今では毎日名前を呼んであいさつしてくれます。

あるとき、お気に入りの菓子パンが一時生産中止になったのですが、それについて彼に質問すると彼は
「ごめんね、本田さん。作らなくなっちゃったみたい。ごめんね」
と、僕に何度も謝ったものです。
しかも、再度生産が始まったときには目をらんらんと輝かせ、店に入ると開口一番
「本田さん!あれ、入ったよ!あのパン!」
と子犬のように駆け寄って来ました。
40代半ばくらいだと思いますが、子どものような彼なのです。
この日僕は食後だったので、パンを買うつもりはまったくありませんでした。しかしそのパンを持たずにレジに列ぶと、彼がとても悲しそうな目で僕を見つめるので、ついつい並び直してパンを購入してしまいました。

また、別の日。深夜にお店に行ったとき、レジには彼だけがいたのですが、彼は驚くべきことを僕に告げました。

「ちょっとトイレ行きたいんですけど、レジ見ててもらえますか?」

これがあの、薄情、無情と聞いていた東京の本当の姿なのか・・・。
頭が一瞬真っ白になり、それから笑いがこみ上げてきました。

そして、極めつけが天使の降臨です。
公私ともに辛いことがあったある日、いつもの店に足を運びました。
そしてレジに列ぶと、そこには彼の姿がありました。
その日、おつりを渡すときに彼が言った言葉は今でも忘れられません。

「ごひゃくエンジェルなな円のお返しです」

聞き間違いと言いたければ言ってください。
馬鹿だと思うなら思って下さい。
でも、彼のその言葉によって、僕の心にぽっとあたたかいものが灯ったのは事実です。
人生において547円のおつりをもらうことは何度もあるかもしれません。
しかし、普段から目も合わせない店員さんだったならこんなふうに天使が降りて来ることはなかったと、僕は思います。

文・取材 / 本田まさゆき